多くの有名デザイナーを輩出したベルギーのアントワープ王立芸術アカデミー出身である、日本人デザイナーの中章氏が、自身のブランド「アキラ ナカ(AKIRA NAKA)」を14-15AWシーズンより刷新。その第一弾を、新宿伊勢丹のみで限定コレクションとして発売した。
本コレクションでは、海外のラグジュアリーブランドに認められる存在ながらも国内ではあまり知られていない日本の工場を活用し、日本の繊維技術を自身のコレクションを通じて世界に発信する。このコレクションにはどのような日本の技術が取り入れられたのか。新生「ナカ アキラ」や生産背景、そこに携わる職人達とのかかわり、海外へ進出するにあたってのビジネス戦略に至るまで、デザイナーの中氏に詳しく話を聞いた。
――「アキラ ナカ」が新しく生まれ変わるに至った経緯をお聞かせください。
ブランド設立以来アントワープ(ベルギー)で学んだコンセプチュアルな作風を続けていたのですが、東日本大震災を機に大きく変化をしました。それまでは自分のクリエーションを形にするという自己に向かうものづくりでしたが、その時以来社会に価値を生み出すためにクリエーションを使って行こうという思いに変化しました。
その時はまだコンテンポラリーというくくりもまだなかった頃で、「アキラ ナカ」というブランドは“手頃な価格で手に入る贅沢品”という意味を持つ「アフォーダブルラグジュアリー」を目指しました。日本の人が日常に取り入れてポジティブになれる、社会的に価値のある洋服を作りたかったのが理由です。日本で“高級既製服”のことを指すプレタポルテをやっていたので「デイリーに着られるプレタポルテ」という新しいブランドコンセプトを立てました。その後数年が経ち徐々に知名度も上がっていく中で、次のステージへのステップアップを考える時期に来ました。ただデイリーに着やすいとか、便利で可愛くてお洒落なプレタポルテというのではなく、しっかりとデザイナーズレーベルとしての提案をしていく必要性があると感じるようになって。自分達はインターナショナルのカテゴリーでくくられるところでものづくりしているので、グローバルに展開していくために“転換”を図ろうという時期にきたと感じています。
――海外へ活動範囲を広げていくということですね。具体的にはどのような活動を予定していますか。
来年9月からヨーロッパで展示会を開くことにしました。しかしヨーロッパへ進出するにあたって、便利で価格が安いデイリーアイテムを作っているようでは、絶対にあちらでは生き残れません。欧州で見てもらうためには、更に主張のあるテキスタイルを使って、デザインももう一歩踏み込んだものを作っていかなければなりません。それを“メイドインジャパンで作っていこう”という思いがあります。
――すべて日本製の素材を使って展開していこうということでしょうか。
そうです。日本の技術は大変優れていますし海外のコレクションレーベルでは実際に日本の素材が多く使われています。「友禅で着物をつくる」とかじゃなく例えばそれがテーラードジャケットとしても、“日本人のモノ作り”をすれば、日本の味が必ず出ます。それが自分のレーベルにとっては大きな力になると考えています。
――アントワープで世界レベルの優秀な人材や技術に触れてきた中さんが、海外へ進出するにあたり、必要な要素が“ジャパンのモノ作りとおっしゃるのに興味を惹かれました。
海外で生活して来たことで自分が日本人であることを意識するようになったからだと思います。デザイナーとしてアイデンティティーをもって海外に出て行くにあたって、日本の本当に良しとされているものや力のあるものを集めるのは必然のことだと感じています。
――日本の良さをクリエーションにしたときに勝てると思う理由は何でしょうか。
エディターやバイヤーなど、世界を見てきた人だと分かると思いますが、僕が思う“デザイン”というのは、日本とイタリアのもの。日本人とイタリア人は、これまで培ってきたものを突き詰める姿勢や美徳があります。例えば同じことをして同じ成果だったとしても3年やったのものと10年やったものとでは全然捉え方が違っていて、10年継続したほうは「匠」と呼ばれる。何かを突き詰めること、継続していくこと、向かい続けることに対して、リスペクトを持てる民族です。そういう意味で日本は、実は世界でも非常に稀な“デザイナーが多く排出されるべき土壌”であり、日本人はデザイナー向きの人種。ただ教育の問題であまり出てきていないだけだと思っています。
――日本の技術や人材が、もっとファッションのフィールドで活きてこなければいけないと。
デザイナーという括りでは少ないけれど、作り手として世界で光っている日本人はたくさんいます。ビッグメゾンのパタンナーには日本人が多く起用されていますし。さきほど申し上げたように海外コレクションでは多くのビッグメゾンが日本の生地を使っています。現在、アメリカの大きいブランドがどんどん北陸に入ってきて工場を押さえている現状もあります。
――今回の伊勢丹限定ラインも様々な日本の素材メーカーを起用していますが、特に秀でているところを一つ挙げるとしたらどこでしょうか。
一つは難しいですが敢えて挙げるとすれば、「カナーレ」と「藤本商店」でしょうか。テキスタイルを織れる業者はいますが、糸の段階からオリジナル企画をして作り上げる「カナーレ」はすごいです。ものすごく手間をかけてクチュール的なものづくりをしています。「藤本商店」はもともと着物を作っていたところで、シルクに対して優れた技術を持っている会社です。ディオールやエルメスなど様々なメゾンからも依頼を受けています。プレタポルテで使うために必要な表情を出す為に、その生地に使われている糸の撚りにまでこだわりを持ち、糸の段階から服地の仕上がりが考えられています。シルクウールのボンディングパンツは「藤本商店」の生地を使っていますが、非常に良く仕上がったと感じています。値段はある程度しますが、それだけの価値は必ずあるものです。海外のラグジュアリーブランドと素材も縫製も同レベル、そしてシルエットは日本人向けに計算されたパターンを採用しています。このパンツはトップスのスタイリングを選ばず、シンプルなTシャツであってもスタイル自体を引き上げる力があります。
――多くの若い人たちがファストファッションに傾倒しているというデータが出てくるという現状の中、デザイン性が強いものでさらに高い価格となれば、難しさもあると思いますが、そこはどう捉えていますか。
お洒落でパッと着れる便利な服は、今市場に沢山あります。けれど”この服でしか感じられない高揚感”や”この服を着てしか見れない景色”のような感覚をもった服は少なく、だからこそそんな洋服がもっと必要だと感じています。最近SHOWSTUDIO(フォトグラファーのニック・ナイト手掛けるファッションサイト)、で取り上げられていたのが「JWアンダーソン」の服でした。購入した当時に肩幅に違和感を覚えていたが、着ていくことでそれが自分の新しいスタイルになり、そこにはその服でしか感じられないものや引き出せない感覚があるという内容のものでした。この場合、その人が服に追いついているのか、また逆なのかは分かりませんがそういう現象はその服でしか成し得ないものです。そしてそこに対しての価値を含めての価格なのだと思います。購入に至るには、その服を着てでないと見られない風景があるという、“この部分の価値”を説く人も必要になってきます。
――お客さんと直に接する、販売するスタッフのことですね。
実際に接客してみると、「高いし、着るの難しそうなので考えます」とお客様には言われてしまいます。お客様にとってはその服を着るためにリスクを持つわけですから、それはある意味で当然の反応と言えます。でもそこで「安くします」ではなくて、「この服はあなたに新しい感覚や特別な高揚感をもたらすことが出来ます。この価格にはそのような力も含まれています」と伝える。目に見える表層的なことだけではなく、ファッションが持つ深層の部分、本来ファッションが持ちうる力や影響力もお客様に提供して行くということ。実際着た時に、これって大丈夫なのかなという不安に陥るのはよくあることですが、買う方も勧める方もその部分を楽しむことが大事。本当にファッションを楽しむって、肩が綺麗に見えるとか落ち感がどう出るとかそういうところを超えたものだと思うんです。そういう服をもっともっとデザインしていくべきなのが、プレタポルテなんだと僕は思っています。
――少なくとも、プレタポルテはそういう考え方であるべきだと。
「洋服」というものに何百年という歴史を持ったヨーロッパの人達が求めているものですから。それを今後しっかりとグローバルに展開していくために、伊勢丹のインターナショナル売り場で置くものは、僕の中でこういうもの(今回のコレクション)だと感じています。ただ着易く便利なものだけを置いていたのでは意味がない。主張も強く売りやすいものばかりではありませんが、いかに理解して買ってもらえるかだと思っています。そう言う意味では、お客様に何をどのように届けるのか、届くべきなのかを考えています。
――しっかりと売り手のことまで考えているのですね。
今は少なくなりましたが、消化率のことを指摘されることもありました。消化率とデザインのことって一番指摘しやすいのです、それはイメージで捉えることですから。でもただデザインだけに原因があると安易に考えるのは違うと思っています。(売り手が)本当にいい出会いを演出できていたのか等、様々な側面も考慮する必要があります。もちろん売れない理由について、デザインはデザインで考えるのは当然なので、責任転嫁するつもりはありません。ただ、売る人はその服を着た後のこともきちんと理解して、その洋服が語るストーリーをしっかり伝えることができていたのかと。そこまでした上でダメであれば、お客様が何を求めているか僕たちがもう一度根本的に考える必要があると思います。
――生まれ変わったコレクションが、どう展開されるか楽しみですね。
伊勢丹は百貨店のモデルケース。周りに合わせた客観性ではなく主観を持ってやっているのが伊勢丹のイメージです。「理念がある、百貨を売る、ミュージアムである」というコンセプトを感じ、それに適ったことを導入している。本来は売り場面積を狭めるってなかなか出来ないですが、これで売り上げが伸びているって素晴らしいと思います。成功したのはしっかりとブランディング出来るマネージャーが居たからではないでしょうか。僕からのお願いは、自社のモデルケースだけ残すのではなくて様々なノウハウを公開して欲しいなと。ビジネスとして大きく捉えたときに、何かの形で伊勢丹の成功ケースが周りにもっと普及していったらいいなと思います。
――ビジネスの話が少し出ましたが、海外進出においてのビジネス戦略というものは考えていますか?
もちろん考えています。ヨーロッパに憧れでいくつもりはありません。アントワープで学んだというのも大きいですが、最初からグローバルなビジネスをしたいという思いがありました。アントワープで共に学んだ友人も名立たるメゾンで仕事をしていますが、海外のレーベルがすごいのはチームワークだと思います。それぞれの匠がみんな手を繋いでやっている。海外のメゾンと同等のものを築いていくには、チームが同じ理念を共有し、強さをもった人材を集めて行くことが必要になります。
――海外ブランドはチームワークが優れているということですが、具体的にはどういった部分が日本と違うのでしょうか。
バレンシアガやプラダなど本当に強いブランドと同じフロアで自身のブランドも展開してみて、この差は何だろうと考えた時期がありました。もちろん歴史というものがあるのですが、違いはやはり総合力だと思いました。アメリカに、「チェーンの強さは最も弱いリング次第」ということわざがあります。集団の力はそれを構成する最も弱いメンバーに左右されるということを意味していて、他がどんなに強くても一番弱いリングがある限り、そのチェーンはその弱いリング以上の強さを持てないという意味です。クリエーティブなデザイナー、パタンナー、それを支える経営のブレーンすべてが、チームには必要です。その全てを高い位置で備えたのが欧州のブランドだと思います。日本には、まだそういった海外のメゾンと肩を並べられるような“チーム力”を備えたブランドが少ないのが現状だと思います。
――日本は総合力がないということですが、改善の余地はどこにあると考えますか?
産業は企業の集まりであって、1企業の成功は、ソフトが良ければOKかというとそうでない。正しいコミュニケーションがあって正しいチャンネルがあって、そこから正しい戦略とマネジメントが組めます。アレキサンダー・ワンが成功したのは、ブランドの規模拡大に合わせて大手からブレーンを抜いて、しっかりと戦略を立てたからだと伺っています。それまでアレックスの父親が担っていたことを、元ルイ・ヴィトンのロドリゴ・バザンがそれまでの経験を生かし、手腕を奮ってブランドを導きました。どのようにブランドが育ち、どのようにして背景を保てるか。結局、ビジョンをマッチングさせられる戦略を持ったディレクターが必要なのです。例えば、バーバリーのCEOがアップルにいくといった、違うフィールドで活躍した人材を引き抜くというのが日本ではあまり見られません。デザインじゃなく、マネジメントサイドとして海外のビッグメゾンで経験を積み、それを日本に持ち帰り、日本の背景を使ってブランドを成功に導ける、そういうマップを描ける人が必要だと思います。
――マネジメントやブランディングという部分は非常に難しく、日本の企業は重要性を正しく理解している人が少ないのかもしれません。
僕は、海外で企業経営をしていた友人を自分の会社へ招きました。ファッション以外の海外の大手企業でマネジメント経験を積んだブレーンを連れてくることで、利益率に対する感覚も変わりました。ファッションのヒストリーを学ぶよりも、スティーブ・ジョブズなど他の分野で成功している人達が今どのように成功を勝ち得たのかというマインドを学んだほうがいいと思っています。ファッションで日本が幸せになっていくというそんなマップを描いていますが、そのような長期ビジョンにおいてはどうしたら自分のブランドの成長と共に背景にいる企業が成長していけるのか、どうしたら僕の家族も社員も、服を生産しているその家族までもが幸せになっていくのか継続性のあるWIN-WINを考える事が重要だと思います。
――すごいですね。短期間で驚くほどの飛躍ではないでしょうか。
戦略を持ってしっかりとしたチームを組めば、間違いなくビジネスは上手く行くと信じています。その仕組みをどうやって日本で築いていくかが課題です。若手のデザイナーに「いつが世に出て行くデビューのタイミングなのか?」と聞かれるのですが、そういう考えであればいつまで経っても出て行かないほうがいいと伝えます。なにか運命的なことがあって、リンクして売れていく。そんなビジネスは永続しないと思います。若手のデザイナーは才能があれば、いつの日かチャンネルがマッチしてポンと売れていくのではないかという夢を見ていることが多い。バイヤーの方でも、デザイナーの才能があるから売れると思う人がまだいたりします。デザイナーの才能や先見性は確実に必要ですが、しっかりとしたブランディングとマネジメントによって戦略的に育っていくものだと思います。でもそれが意外と認知されていないのではないでしょうか。オンリーワンを作ろうと言っても、ディレクションもされていないので、オンリーワンはいつまで経ってもオンリーワンのままでしかない。そこにどんな価値が出てくるか、どうやったら出せるのかまでかは考えられていないケースが多いのです。
――では、ディレクターが担う具体的な役割というのはどういったことでしょうか。
一時期の日本のサッカーと同じで、選手のポテンシャルは高いけど監督が居ないのでレベルが上がらないという状況。日本のファッションブランドの現状はそれに近いかもしれません。ブランドを育てるノウハウを持った経験値の高いディレクターが少ない。以前、某社にコンサルティングのような立場で呼ばれたことがあるのですが、デザイナーさんとのコラボレーションが行われていました。でも現場では生地の提供、デザインの提供で完結していて、その企画ベースから生まれる次の発想やディレクションが残っていない状況でした。そしてその企画を評価しようとする視点が設けられず企画自体で終了していました。これでは互いのドライブに繋がって行かない。企業もデザイナーも戦略を持って1を2に、2を4にと流れを生み出して行かなくては行けないと思います。そんな側面を多面的に観察しバックアップして行くことがディレクターに求められているのではないでしょうか?
――確かに海外では職人が大事にされていて、最初から最後まですべての工程が繋がっているという考え方が多いですね。
弊社ではルックブックが出来上がったら、完成まで携わって下さった付属屋、生地背景、縫製工場、パタンナーさんなど全社に送ります。パソコンが先方にない場合はプリントアウトして渡します。そうすると「中さんのところからこれ届いたよ、こんな風になったんだ」と工場の皆さんがルックブックを見て喜んでくれる。「テレビでタレントさんが御社が作った服を着るから見て下さい」と連絡すると、社員の方々は休憩時間を作って見てくれますし、自分達が作った服がテレビに出ているのを見るとモチベーションが上がります。企画展で作ったビジュアル等は持ち帰って工場に届けます。古いミシン場のある工場という雰囲気なのですが、モデルさんが綺麗に服を着こなしたキャンペーンパネルを職場に飾っていると、同業者や近隣の人達との話題にも繋がるそうです。一度、縫製業者の方を伊勢丹の売り場にお呼びしたことがあります。実際に売り場に自分の縫った服が展示されているのを見て、色々な思いや動機に繋がったと仰っていました。大手メゾンなど様々な店舗を一緒に見て回ったのですが、同じ洋服を縫う職人としてそこにある多くの服から多くを感じたと言われました。「自分はセリーヌの縫子さんと顔を合わせることはないけれど、モノを見ると呼吸がわかる」と言われていました。そこには服を通じた阿吽(あうん)のコミュニケーションがあって、「自分も更に踏み込んだモノ作りしなければならない」という想いに繋がったそうです。職人さん達には職人さん達のストーリーがあり、それはしっかりと語られるべきことであり、大事にしなくてはならないものなのです。
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